2014年04月30日

2014年5月号  TPP推進の先に見える農・林業の復活  コメ増産、バイオ発電を成長戦略の一つの柱に  - 高橋琢磨

農業、あえて言えば農林業が、日本のあるべき産業構造の中で重要な位置を占めるものでなければならない。さもなければ、自由貿易の流れが加速化する一方、新興国の経済成長が著しい中では、水産物で競り負けが起こっている。農林業を補助金づけの蔭の存在にしておいて、40%まで低下した自給率の向上を声高に叫んでも目標達成はできない。掛け声だけでは、食糧の自給率向上どころか、食糧確保すらむつかしくなりかねない。農林業を成長産業として、雇用吸収の場として構想しなければならないゆえんである。

国際潮流の中でのTPPの位置づけ

ロシアがクリミヤを併合し、ウクライナ東部でのロシア系住民煽動するという19世紀型の地政学的行動をとったことが、アメリカのオバマ大統領をして日本で尖閣が日米安保の範囲内であること、そしてフィリピンでの米軍の駐留決定へ動かしたものであることは間違いない。
アメリカは、なお中国の「平和的な台頭」を期待し、責任ある中国との間に新しい大国関係を築くという広い意味での関与政策を放棄したわけではないが、中国がロシアに倣い東アジアで19世紀型の行動をとることを十分に警戒し、アジア太平洋国家であることを示さなければならなくなったのだ。シリアでの宥和外交が同盟国の信頼を傷つけ、ロシアや中国などのアメリカ的秩序への重大な挑戦を誘発しているとすれば、その関係を修復し、力には力で対応するとの決意を明らかにし対峙の姿勢を示さなくてはならなかったのだ。
 日米首脳会談は、またTPP交渉を妥結させることが、日米の絆を築き、両国をしてアジア・太平洋国家たらしめ経済成長を高めるための重要なステップになるとの認識を深めた。衆議院選挙に勝利を収めたばかりの安倍首相は、民主党政権に代わって政権を担った自分が訪米すれば、大統領から両手をあげて歓迎されると考えた政治オンチであった。すなわち、安倍首相は、日米同盟の重要性を標榜しながら、TPPに反対を表明する自民党の日本が参加交渉に参加する意向すら表明できず、そのため日米首脳会談も延期された。しかし、自民党をTPP交渉参加へとまとめ、TPPをアベノミクス経済成長策の一つの柱とするまでにした。
だが、アベノミクスは黒田金融政策の超緩和策での効果以上のものが出ていない。持続的成長への道筋が見えない経済政策は、脆弱だ。その意味ではTPPは数少ない経済成長策の一つに浮上している。一方、シェールガス革命での国内活性化を何とか海外市場開拓と結び付けたいオバマ政権でも、TPPへの期待は大きい。日米のベクトルが合っていたのだ。そしてTPPでの合意ができれば、安全保障、経済という両輪が動き出す。
にもかかわらず、日米首脳会談では、異例の延長をしたにもかかわらず、合意に至らなかった。アメリカでは、1月に議会が超党派でいわゆるファーストトラックの権限を与える法案を用意したが通過の目処がたたず、オバマ政権は「高水準のTPP合意」をすることで議会での承認を得るという戦略をとらざるを得なかったため、交渉に柔軟性を欠いたためだとされる。
票勘定からすれば、自動車での日本の譲歩を引き出すために農業での高水準の要求を突きつけたとの解釈だ。確かに、通商代表部は日本との貿易障壁として自動車・同部品市場の閉鎖性を掲げ、司法省はいわゆるケイレツ発注を独禁法違反で次々と提訴し、ワイヤーハーネスの矢崎総業への98億円など莫大な罰金を課している。ケイレツ発注は、発注するメーカーが部品会社の創意工夫を引き出す一方、メーカーがオポチュニスティックな行動をとることを抑制し、ホールドアップ問題を解決するものとして、ノーベル経済学賞を授けられたウィリアムソンなどによって褒めそやされたものだ。日本の部品メーカーがケイレツだけに発注することで独占禁止法に違反することを恐れアメリカのメーカーなどにも受注が行き渡るよう工作したことが逆に提訴されることになったと見られる。
日米首脳会談での共同声明では、TPP交渉での妥結に向けての道筋ができたとの文言があるが、11月の中間選挙を控え、日米交渉がきわめて複雑な政治力学の罠に陥る危険は少なくない。日本は行き詰まりを見せているアベノミクスの突破を図る意味でもTPP交渉でのモメンタムを失わないよう、そしてTPP推進の先に見える農業、林業の産業化による成長戦略を打ち出す政治的決断をすべき時ではないか。
 影の主役は中国である。中国には、日本を巻き込んだ日中韓をASEAN+3の要とし、中国主導のアジアを構築したい思惑がある。そのため韓国が提唱し、日中韓の三カ国で協議をつづけているFTAで、中韓を先行させるとしたりして、日本を牽制していることは確かだ。だが、習均平政権は、日本のTPP交渉参加に警戒心をいだくところから変身し、国務院にTPP参加した場合の中国経済の姿などを検討させるようになっている。中国は、WTO加盟で世界経済との関与を深め、自らの立ち位置を変えたことで今日の繁栄へと導いた。現在の中国は中心国の罠に陥らないよう産業の高度化を図らなくてはならないが、TPP参加で同じことが実現できるのではとの期待を抱いていることの現れだ。
 日本の農業、林業を構想するには、国際潮流の中での日本を描いて、少子高齢化の先にある社会を考えなくてはならない。日本の現状では、なお食糧をアメリカからの輸入、中国からの輸入することに警戒をしながら、国内農業を保護するという枠組みで思考を巡らせているが、最早そうした思考の枠組みは機能していないのだ。
昨13年末に中国が農業・食糧政策を大きく変えたこと、意味が問われなくてはならないのだ。そして食糧輸入国へ転じた中国が、食糧輸入を食糧安保の一部と考える思考に学び、食糧輸入国へ転じた中国を前提に日本で耕作放棄された土地の意味を再考し、放擲された森林の再生を構想し、直ちに着手しなければならないのだ。

中国、インドが食糧輸入国になったことの意義

習近平は、鄧小平の南巡講話の跡を訪ねることで新政権の第一歩を踏み出した。これに対し、李克強が選んだ訪問先は地味な農業部傘下の食糧研究所であった。
なぜ農業なのか。13億6000万人の人口を自らの手で生産する「農」で賄う決意を表明するためだった。天下の安定は食にある中国の故事、「飯を食わせる」を口癖にしていた毛沢東にならう意味もあったかも知れない。だが何よりも、自分が進める農村改革、都市化政策だけでは、所得の向上した中国国民の全食糧をまかないきれないので食糧安保政策を転換しなければならないことを予告するためだったのではなかろうか。食糧の自給をめぐっては共産党の中国は大きな失敗をしただけではなく、血を血で洗う闘争を展開し、日本軍の悪行でも言っておかなければ、隠蔽もできない過去と決別するという意味合いもあったといえよう。
政治局常務委7人全員が出席した中央農村工作会議で、食料安全保障政策の転換が決められたのは、2014年初のことである。これは、党中央および国務院が1年で一番力を入れる政策テーマであり、それゆえに最初に出す政策に関する文書、中央1号文件となった。
1号文件の中味は後述するとして、改革開放政策の初期にとられた農業政策で中国が食糧の自給ができるようになったときに振り返ってみよう。1996年に、それまでは恒常的な穀物輸出国であった中国は、突如輸入国に転じた。これが世界を驚かせた。94年にアースポリシー研究所のレスター・ブラウン所長が「誰が中国を養うのか」と問題提起したことが実際に起きたという驚きとして記憶されている。
こうした警告、そして国際穀物価格の上昇を受けて、中国政府は、97年に初めて「農業白書」を出版し、全食糧で自給率を95%以上に保つことを目標にかかげ、農業に注力した。その結果、中国国内の食糧事情は好転した一方、山林の乱開発によって98年には揚子江で大洪水が起こり、そして食料価格の低落などが起こったため、中国は山あいにある急こう配の農地を森林や草地に戻す政策をとってきて、日本の面積の四分の一に相当する耕地を森林に戻してきた。いわゆる「退耕環林」である。この結果、中国は森林化の優等生として登場した。
しかし、工場や住宅地への転換が予想以上のペースであったこと、07年には最近の穀物需給が逼迫したことを重く見て、中国は前年の06年度に始まったばかりの農業政策を打ち切り、「退耕環林」を「開墾促進」へと大転換した。一時は、過剰生産になり、休耕を環境問題と結び付けてきたが、再び自国が輸入国に回るという事態を避けるため、環境保全よりも食糧安全保障に軸足を移したのである。
増産、そして減産、あわてての増産、96年から02年は、過剰反応の連続だった。だが、中国の食糧事情のトレンドは、国内の食糧生産は10年連続の増産が続いているが、消費の伸びはそれを上回っていることにあるのだ。すなわち2003年から12年までの10年間で生産が年率3.3%増であったのに対し、消費は年率4%近い伸びをしている。このため中国は、小麦、トウモロコシ、米、大豆といった食糧の輸入が急増、03年には99.9%であった自給率が04年に93.9%へと下がり、12年には87.7%と、政府目標の95%を大きく割り込むようになった。所得の伸びによる急速な食事の変化に加え、都市化が急速に進み、土地を手放した農民が都市で食糧の消費者になったことの変化が加わった。このため、一時は過剰生産になったものが、消費の伸びの高かった分、不足となり、それが輸入になっていると見られる。
2013年の年間食糧生産は6億193万5000トンで、これは2004年以来最高の生産量であるが、豊作にも関わらず12年で6200万トンと世界最大になった4大品目の食糧輸入は続いている。2013/14年度の小麦の輸入予定量は従来の予定750万トンから800万トンに上方修正し、1995年以来の最高水準となった。2013/14年度のトウモロコシ輸入は700万トンで、これは前年より400万トン増になったと見込まれ、コメも12年から輸入国になっている。それでも小麦、トウモロコシ、米の主要三品目に限れば、自給率は97~99%と高いが、自給率が20%に満たない大豆を入れると87.9%と、90%を割込む。
中国は2000年時点では54億ドルの黒字を出す食糧輸出国だった。その地位は07年まで維持されていたが、08年に一挙に116億ドルの赤字を出した。08年というのは、餃子問題もあり日本の輸入が激減した年でもあったが、それでも08年の中国からの食糧輸入額は5500億円と全体の9.3%を占めていたのだ。そして食糧貿易での赤字は12年には311億ドルとなり、4年間で3倍近い増加になった。08年に2,981億ドルを記録した貿易黒字がいつまでも維持できるわけではない。急ピッチでの食糧の輸入は中国でも負担になることは間違いない。そして、中国の13年度の食糧輸入量の2200万トンがオーストラリアの年間小麦生産量に匹敵すると比較すれば、そのインパクトの大きさが想像できよう。
ところが、不動産の土地供給のために耕地の減少が続いている。政府は耕地面積の最低ラインとして18億ムー(1ムーは約6.7アール)を死守するとするが、都市化が進む中で18億ムー割れは時間の問題だ。増産の背景は肥料の投下による単収の伸びだが、肥料の効果が限界に近づいている一方、大気汚染の進行で日照時間不足による減収の兆しが出てきている。
一方、一人当たりGDPが低いにもかかわらず中国人の食肉の消費は、90年代に日本を08年に韓国を抜いている。ことに多いのは豚肉の消費量だ。世界全体では13年の消費量は1億700万トンだったが、このうちの約半分が中国人の胃袋によるものだった。中国ではこうした食習慣の変化に応えるためにより多くの家畜を養わなければならず、大豆などの輸入量が急増している。代表的な飼料用食糧とされるトウモロコシの輸入でも、あと5年もすれば中国が世界最大になると予想されている。
中国の食糧生産コストが上昇し、価格的に米ではベトナムやパキスタンからの輸入品に対して10%程度、小麦ではアメリカ産にくらべ数%高いとされる。人民元の上昇、労働コストの上昇で価格競争力が低下しているのだ。だが、価格だけなら関税の引上げや補助金で対応すればよい。問題は、土地不足であり、農村労働力不足でもない。水資源が不足していることなのだ。中国では水不足が顕在化し、たとえば黄河が1990年代から毎年のように、一時的に下流が干上がるなどしている。いわゆる断流である。1997年には河口から600kmに及ぶ断流が起きた日は262日に達した。原因として上流から中流で河川の水量の90%という過剰取水と考えられた。その後取水制限などにより、1999年以降断流は発生していない。一方、地下水利用の機械化が進み、大量の地下水が農業用水として利用されるようになった。結果、中国の華北では35年間に地下水位が50メートル低下するなど、水不足は深刻化している。再び、レスター・ブラウンの警鐘が高らかに鳴らされなくてはならない状況なのだ。
では、水が足りなければどうするのか。食糧、エネルギーの形で輸入する以外にない。
小麦1キロを作るには水が1トン、米1キロを作るには水が2トン、牛肉1キロには水20トン程度が必要となる。これがバーチャルウォーター(仮想水)の考え方だ。現在アメリカ人は一人当り年間1600トン使用し、アメリカ合衆国は世界最大の水使用国でもあるが、農産物の輸出に伴って仮想水として国外に放出している分は、国内の年間総使用水量の15分の1にあたる。米の主要輸出国であるタイにおいては、4分の1に達する。水不足の中国が仮想水を求めた地が東南アジアということになる。カンボジア、ラオス等が、中国の植民地化していることは知られているが、それでも足りなくなる恐れもあり、貿易赤字の負担も大きくなる。
さて2014年の中央1号文件となったとされる食糧安保の政策はどう変わったのか。96年に定められた目標は全食糧での自給率を95%に保つことであったが、それが不可能であるとの判断から、①主食穀物をコメ、小麦と定め、これに関しては100%を自給するという目標を維持するが、トウモロコシや大豆などは基礎穀物と位置づけるものの、その自給率を明示しないものとした、②それ以外の食糧では、たとえば油糧穀物では輸入を食糧供給の基本的な一部とするというものだ。
これを要すれば、コメと小麦に関しては責任をもつが所得が上昇し食物連鎖の上層に位置する食糧を需要するのは消費者の自己責任だということを宣言したことになろう。先の
ブラウン所長の言を借りれば、中国は今後ますます食糧輸入に頼らなければならず、
日本やメキシコなどその他の食糧輸入国と競合することになる。これが世界の食糧価格のさらなる上昇を招くことになるだろう。インドも42億ドルの純輸入国であり、BRICsなど新興国では人口増加と所得の上昇による食生活の変化によって、食糧が自給できなくなっているのである。

世界的な食糧危機、水不足、CO2削減圧力が日本の農林産業を蘇らせる

日本の農業は非農業部門、つまり工業部門の高度成長を前提としたパリティ政策を基本とし、結果として耕作放棄を旨とする政策を展開してきた。このため耕作面積は1990年の524万ヘクタールが08年には463万ヘクタールに減少する一方、耕作放棄面積が40万ヘクタールに達している。ことに減反の主対象である稲作では、1970年代には317万ヘクタール作付けされていたものが、現在では半分の150万ヘクタールになっている。
確かに自民党は減反政策の見直しに言及している。だが減反政策はただちに放棄されるべきだ。食糧安保、自給率向上という目標に反するだけでなく、食糧不足になる恐れをいだく国民が13億6000万人いるという国を隣国に持つ中で、まったくそぐわない政策だからだ。そもそも農業にインセンティブを与えるものではない。農家の就業意欲、販売意欲を失わせるだけである。減反政策の下では、三井化学が収穫量が5割増える種を開発しても白い目で見るだけだ。少子高齢化が進む日本では、新技術を採用しなければ経済成長はあり得ないが農業がその例外であっていいわけがない。
減反政策が長らく農業政策の柱となり得たのは、他部門での成長の成果を分配に預かるという構図があったからに外ならない。今や不必要のみならず、世界的には食糧不足が懸念される中、税金を用いて整備した農業基盤が利用されないという矛盾したことを平気でやっているのだ。日本は今やコメの減反政策を放棄し、優良な水田の完全利用をめざすべきときである。一定規模以上の主業農家に耕作面積に応じた直接支払いを交付し、地代支払能力を補強すれば、農地は主業農家に集まり、コストは大きく下がる。
一方、穀物価格は、先に引用したブラウン所長の言にみるように、上昇傾向にならざるを得ない。国内の需給均衡価格が国際価格を下まわるようになれば、コメを輸出することが可能になろう。日本が農業ビッグバンを宣言し、食糧生産のインセンティブ体系を整えるべき時期がきた。そして田畑が復活し、農村が活性化すれば、ことに水田を基礎とする農業は多面的機能をもっており、国土保全、国土強靭化にも資することにもなる。これらは次に述べる河川と森林ともリンクするところも多いからである。

総合治水政策と里山産業の創出

休耕田と同じように、日本には眠ったままの豊富な森林資源が放置されたままになっている。森林面積は2500万ヘクタールにのぼり、森林蓄積量(森林面積と樹木成長度合いをかけあわせたもの)も44億立方メートルに達する。
過去40年で2倍以上に増えたのは、いわゆる外材に押されて伐採が進まなかったためだ。現状では、木材自給率は約22.6%に留まっており、北米、アジア、ロシア等からの輸入材が多くを占めているが、中国の需要の急増、ロシアの高率関税によって価格が高騰しており国産材にも採算のとれる林業の期待が高まっている。
ただ、これまで林業が動いていなかったため、原木の切出のための林道の設置などが行われてこなかったため、皆伐方式での林業の担い手がいない。そこで、100年サイクルの長期間伐方式をとり、間伐で利益があがるような林業が目指されるべきことになる。活性化のビジネスモデルとなるのは、間伐材の木材利用で経営を成り立たせている京都府の日吉町森林組合や岡山県の真庭市の銘建工業・真庭森林組合といったところになろう。前者は不在地主に働きかけて規模の経営を追求しているからであり、後者は間伐材でのバイオマス発電で成功しているからだ。
しかしながら、林業の危機は農業以上に高齢化が進み、従事者は5万人にとどまっていることだ。つまり、放置されている森林資源は膨大であり、担い手としても、森林組合の活性化も必要だが、それだけでは成長政策として不十分である。
膨大な森林資源を自然保護である森林育成と林業とを今少し区分して考える必要がある。京都議定書では、1990年以降の排出削減分に、日本の場合は 1300万トン(炭素)まで森林の吸収源をカウントしてよいことになっているが、これは、約束事のフィクションの数字である。では実際にどのくらいの吸収量があるかについて、国内では林野庁を中心に算出が試みられ、森林が1年間に蓄える二酸化炭素の量は約8,300万トン(平成18年度)程度、炭素単独では2590万トンと推定している。
国立地球環境研究所の伊藤昭彦研究員らは日本国内を1kmの格子に分割し詳細なモデル計算を行って2000~2005年の平均的な吸収量の分布を示した。国内の全森林(約25万平方キロ)における吸収量は林野庁の値よりもやや大きい、約3250万トン(炭素)と推定されているが、北から南にかけて吸収が大きくなっている。これは気候条件の変化に伴って森林タイプが亜寒帯常緑針葉樹林、落葉広葉樹林、暖温帯常緑針葉樹林、常緑広葉樹林と変化していることに対応している。
一方、間伐した樹木は、そのままではやがて腐朽して二酸化炭素として大気中に放出されるので、単に間伐するだけではなく、間伐材として利用する必要がある。京都議定書では育成林では適正に手入れされている森林の吸収量だけが削減目標の達成に利用できるとされていれるが、現状では、十分な面積の森林を手入れすることができていないため認められた森林吸収量の1,300万炭素トン(年平均)に対し、110万炭素ト ン程度が不足すると推定されている。その不足分は海外の排出権購入でまかなわなければならないわけで、日本は山林の管理を怠ることで大きな機会コストを発生させていることになる。
間伐材の利用で国産木材の利用拡大も重要であるが、たとえば30年前の1980年に1立方メートル、4万円した杉丸太が今では1万円に落ち込んでいる。平地であれば5000円以下で切り出せるが、急斜面で林道がないような状況で切り出すにはとても1万円では無理だ。トラックや作業機械を自由に操作できる林道を建設することも重要だが、とりあえず木が痛んでも加工が可能なバイオマス燃料での利用を促進すべきであろう。つまり、広葉樹林を核とした森林が経済的に管理できるためには、間伐材を利用したバイオマス発電がオンサイトでできる小型バイオマス発電の機器が開発される必要がある。
さて、前述の真庭市で銘建工業が中心になって進めている真庭バイオマス発電では、出力1万キロワットと、1万8,000世帯の電力をまかなえる規模のものが商業的に稼働できている。15人の発電所要員と間伐材の切り出しに100人の雇用を生み出すとされる。ここでのバイオ発電をデフォルトスタンダードとして他の中山間部にもっていき採算をとれる事業にすれば、雇用機会創出も前倒しになろう。しかる後に、合成木材の技術革新も進んでいるので、間伐材を木材として利用する出口を考え、多少時間がかかるが木材を搬出する作業道の整備などに集中投資して行くべきだろう。
間伐材を切り出し、森林の管理をする人たちの事業は、どう進めていくのか。間伐など山林の手入れをしていない所有者に対して、あり得べき温暖化ガス排出の受け皿になっていないという趣旨から炭素税を重課税することにする。つまり、日本の森林は3分の2が民間に保有されているが森林の持ち主も手入れをしてこなかった機会コストを負担させるという意味で重税を課すのである。山林の政府への寄付を募るなどによって対象山林を事実上国有化し、それを新規の雇用、新規の参入の受け皿にするのである。一方、政府も森林の管理を怠ってきて、地籍調査が行われている面積は半分以下の48%にとどまっている。つまり山林は第二次大戦後に行われた農地解放の対象にならなかったこともあり、その後、海外からの木材輸入が増えたこともあって管理が放棄されてきたのである。山林の台帳が整備されていないなかでは、日本国内を1kmの格子に分割した地球環境研究所のモデルで代替できるのではないか。一旦国のものとするのは、やがて大きな河川の流域ごとに設置される河川流域委員会(仮称)に寄託するものへと転換するためである。
また、戦後の農地解放のとき対象にならなかった山林の所有に関して明治政府以来の過剰な私的所有権を認める必要はないと考えられる。明治政府は財政基盤が弱かったために地租に依存しなければならなかったために、国際的にも例をみない土地の所有権を認めた。このために戦後の農地解放が行われて土地が細分化されても、その権利が保護され続け、戦後の乱開発をもたらしたとも言える。市民運動のようなものも、その権利を利用して一坪運動が起こされるなど歪んだ形で行われ、「公」もゆがめられ、遠ざけられてきた。現在、外国投資家と思われる主体が、森林としての価値の少ない山林の買い占めをし始めているのも、日本の強い土地所有権に注目して、地下の水資源を確保するものだとされる。それには、水基本法のようなもので対向する手段を確保すると同時に,森林資源に関しても、[公]という見方をしてもおかしくはない。
河川流域委員会(仮称)に寄託された国土は、国土強靭化として海岸線で防波堤を高くするなどの施策がとられているのと同じように、河川の上流域などの強靭化の対象となる。なぜなら、最近の台風の被害などでも広葉樹林を切り倒して針葉樹林を植えたところでは、根っこの深さが違うから深かった広葉樹林の根っこ部分での土砂崩れが起きやすく、被害が大きくなっているからだ。鈴木雅一教授によれば、かつては禿山で洪水が、その後人工樹林が若木であった時代には表層崩壊だったが、人工林が生育してきた現在にあっては根も深くなっているので深層崩壊となって被害も大きくなっていることになる。そこで人工林の手入れや保水能力の高い広葉樹林を上流域につくることで、治水、治山の実績の向上が期待できることになる。また森を復活させると北の鮭を初め、その河川で特有の魚介類も蘇ってくる。広葉樹を植えること、間伐を行って広葉樹林を維持すること、これが新しい、というより本来の治水工事だといえよう。
こうした提言には、反発もあるだろう。だがそれは、アベノミクスが少子高齢化による人口減という危機に対応するものであるにもかかわらず、超緩和策がとられているためにニュージーランドの人々が抱いたような危機感の共有ができていないという問題点をかかえているからである。しかし、持続的な成長への道筋がつけられなければ、日本はヘッジファンドから売り浴びせられるリスクがきわめて高いのだ。工業部門の高度成長を前提としたパリティ政策を放擲し、農業林業の自立を促す政策を追求することは、持続的成長へのコミットメントを示し、ヘッジファンドの売り圧力を跳ね返すことになろう。水素資源へのエネルギー転換などと組み合わせればなお強いメッセージになろう。今は敗戦後のような危機感、そして新時代としての地球温暖化への共感のようなものを必要とするときなのである。
posted by 高橋琢磨 at 08:33| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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