2014年02月17日

2014年3月号  日本版NSCを東アジアの安全保障に活かせ - 高橋琢磨

要旨:東アジアでの戦略環境が不確実性を増してきている中で、日本版NSCがスタートしたことは時宜を得たものだ。時を同じくして中国でも中国版が誕生している。日本版NSCは、日本をとりまく安全保障環境に不測の事態が起こらないようにするだけでなく、東アジアでの平和と安定、繁栄のための基石となるべきだ。

キーワード:国家安全保障局、国家安全委員会、マクレガー・ノックス、第3次朝鮮戦争、「第一、第二列島論」


昨年遅くに、日本では国家安全保障会議(日本版NSC)が、中国でも国家安全委員会(中国版NSC)の創設が決まった。東アジアでの戦略環境は、激動期を迎え、冷戦時代と比べはるかに不確実性を増してきている。そのために誤解や誤算に基づく不要な摩擦、衝突が起きかねない可能性が高まっている時だけに、適切な創設であったといえよう。
日本版NSCがアジア地域の安全保障にどう活かされるべきかを念頭に、日本版NSCから提出された「国家安全保障戦略」(以下、「戦略文書」)、日本版NSCの組成のあり方を問うことにしたい。

歴史的に見た安全保障環境

今年は、朝鮮戦争勃発から64年、日清戦争から120年になる。テッサ・モーリス=スズキによれば、東アジアでの三つの転換期として整理してみると、そこに共通するものとして、朝鮮という存在があるという。つまり、三つの転換期にあって転換を画するものは、北東アジアの弱い腹、朝鮮半島における覇権をめぐる武力衝突、つまり一種の覇権戦争で、日清、日露戦争が、第1次朝鮮戦争と位置づけられ、第2次が朝鮮戦争、そして第3次は、第2次から60年を経て、現在進行形であるというのである。
第3次は、冷戦後に東ドイツが西ドイツに吸収される形で東西統合が起こったと同じように、北朝鮮が韓国に吸収される形での南北統合が誕生する、そのことを阻止するため北朝鮮が、核開発によってしゃにむに瀬戸際外交を展開することで始まっている。そうした中、中国は、その生命線を、38度線を超えて、「第一列島」さらには「第二列島」に置くようになって周囲と摩擦を起こすようになっている。
冷戦の時代には、アメリカ、ソ連という二つの大国が世界を一つの枠におさめ、中小国は彼らの警察権にまかせておくことが平和であった。日本の憲法もまた、いわゆる一国平和主義をうたうという意味では冷戦前夜の産物だった。だが、冷戦が終わり、情況は一変した。日本の防衛費は過去25年間ほぼ横ばいであった一方、中国のそれは33倍になり、世界第二の軍事大国になった。その反面がアメリカの防衛予算がトップ15カ国の防衛費の半分を割るようになり、一極支配はもちろん、世界の警察をつとめることは困難になったことが明らかになりつつある。すなわち、二正面作戦の遂行は困難になったとアジア回帰をするために、中東からの撤退を期して、懸案であったシリア、イランなどの問題処理に当たるとロシアなどに先手を取られ、イスラエルからの反発にとどまらずアラブ諸国からの懸念が高まった。アメリカが去った後の中東の空白は、ロシア、中国などに埋められつつあり、アメリカの威信も傷つかざるを得なかった。
「中華民族の偉大なる復活」を掲げる、現在の中国は、なお未完の革命、辛亥革命を戦っているのだという形容がなされる。辛亥革命は、日露戦争に触発されたかたちで起こったが、革命政府の実態は、軍閥支配で、統治も、領土の保全もままならない状態にあった。こうした中、「第一列島」たる朝鮮半島を確保した日本が、危機のゆりかごと呼ばれた蒙満にあって「第二列島」として満洲族をかついで建国したのが満州国であった。
だが、第二次世界大戦は日本の敗北に終わる。アジア・太平洋戦争で戦勝者の側にいた中国は、国連安保理の常任理事国になるという僥倖も得たが、東アジアの弱い腹の候補である域内の朝鮮族、満州族の同化政策を徹底した結果、満州国は幻のものとなり、朝鮮との国境も確定することもできた。中国は、貧しい常任理事国という汚名を晴らすべく、「韜光養晦」を掲げ国際協調を優先し、経済効率優先の先富主義によって高い経済成長を目指してきた。その結果、今や鄧小平が目指せといった、まずまずの生活レベル「小康社会」が達成できただけでなく、世界第二位の経済大国となり、軍備の近代化もできてきた。そこで、鄧小平いうところの「韜光養晦」の旗印をおろし、海洋強国を目指して「第一列島」論、さらには「第二列島」論を打ち出したのである。
だが、大型の新興国の台頭は、アメリカの影に隠れるような日本が第二の経済大国として登場した時ですら警戒をもって迎えられたように、簡単には「平和的崛起」とは行かない。ましてや、既存の秩序を遵守しない中国の場合は警戒を怠れない。国家安全保障戦略にも次のように書き込まれている。
「中国は東シナ海、南シナ海の海空域で既存の国際法の秩序を相いれない独自の主張に基づき、力による現状変更の試みとみられる対応を示している。尖閣諸島などわが国周辺での海空域で活動を急速に拡大。東シナ海で独自の防空識別圏を設定し、公海上空の飛行の自由を妨げる動きを見せている。中国の対外姿勢、軍事動向は国際社会の懸念事項」
 だが、「国際社会の平和と安定および繁栄の確保にこれまで以上に寄与」しながら、「わが国の平和と安全を維持し、存立を全うする」という国家安全保障戦略に書き込まれた繁栄への道筋は「経済連携を推進し、世界経済の成長を取り込む」「女性の役割の拡大や社会進出促進などで国際社会と協力していく」と、付言されるばかりである。
では、世界経済の成長を取り込むために警戒すべき中国市場での活動をどう考えるのか、それが検討された形跡が見えないのだ。つまり、警戒すべき中国が、李首相も7.2%成長が必要と述べているように、「韜光養晦、積極有所作為」と、対外拡張の一方、経済成長の看板をおろしていないことをどう考えるのかについて述べていないのだ。
 「女性の役割の拡大や社会進出促進など」の重要性の認識では筆者も陣後に落ちるものではない。だが、日本版NSCの目的は、「国際社会の平和と安定および繁栄」をめざし、東アジアでも軍縮を進めて地域で高まる緊張を抑え、ビジネス環境を整えることではないか。

日本版NSC設置の意義

ともあれ、日本版NSCの誕生は意義がある。アジア・太平洋戦争で日本が敗北したことに関連して、イギリスの戦略研究家、マクレガー・ノックスは、こうした日本版NSCの欠如が何をもたらしたか、次のようにいっている。
「1930年代の大日本帝国は、ビスマルク型の憲法からルーデンドルフ型の軍政関係まで、ドイツの持つ多くの要素を取り入れた、ドイツ帝国の東アジア版ともいえるものであったが、その日本大帝国も大惨事を回避するに足る政策決定機関を組織するのに失敗した。真珠湾攻撃にいたるまで絶え間なく会議を続けたにもかかわらず、日本の軍事官僚制は、ソ連、中国、米・英・蘭連合に向き合う三つの戦域を的確に関係づけた国家戦略を策定することができなかった」
ノックスはまた、官僚は、事実上すべての戦略問題は彼等が行使できる手段―外交、経済力、秘密情報と隠密行動、地上戦闘、海上における優位、航空爆撃―などによって解決できる、解決できないものは問題ではないという神話を信じ込んでいると述べている。ノックスは続けて、先駆的に「委員会主導の防衛政策」を発展させたのはイギリス、フランス、アメリカという民主主義の大国であったと指摘している。
「一貫して平和国家としての道を歩んできた」戦後の日本にとっても、ノックスいうところの戦前の日本の失敗に学び、羅針盤を必要とするようになったのだ。その意味で、日本の国家安全保障会議も、中国の国家安全委員会も、日本版、中国版NSCとして最大限にその機能を発揮させ、衝突が起こらないよう努力して行かなくてはならないのだ。
日本版NSCは、言うならば内閣の権限を犠牲にして指導者に強力な裁量を与える仕組みだ。その「犠牲」を払ってまで、日本で日本版NSCが必要になった最大の理由は、それまでの国防会議を解消して1986年に安全保障会が設けられていたが、強い縦割り強制の弊で、これまで外務・防衛両省間の重要政策に関する調整・連携が十分ではなかったため、防衛、外務からあがる政策に齟齬があり、トップとしての判断が直ちにできなかったことがある。そこで常設の事務局をもち、普段から安全保障問題に議論を重ねておくことの重要性が認識され、今回の日本版NSCの創設に至ったものである。
中国でも事情は似ている。中国では、外交問題を協議する中央外事工作領導小組、台湾や華僑の問題を協議する中央台湾工作領導小組と並んで国家安全保障領導小組が、中国版NSCをめざした江沢民総書記によって2000年に、創設されている。台湾工作小組では、華僑担当の全国政協会議主席が副組長につくが、外事と安全保障の二つは、同一のものを状況によって使い分けているとされ、組長には習総書記が、副組長には李首相、事務局長には楊国務委員が就いていると考えられている。12年に誕生した中央海洋権益維持工作指導小組は、この二つのジュニア版という位置づけになる。
小組は、拡充され、その後も問題の複雑化とも相まってメンバーと役割を拡大してきた。そのため互いがオーバーラップし、最高意思決定機関としての常務委員会との関係でも提案にとどまり機動性が欠けていた。2006年の北朝鮮の核実験への対応では、常務委員たちが責任を負えないと対応策に尻込みをする中で胡総書記が自分で手を入れ、対応したと言われている。つまり、総書記は、戦前の日本の天皇と同様に、軍事委委員会主席として委員会に単独出席するが、他の常務委員には安全保障関係の情報がなかったことになる。このため、軍事委員会の主席に権限が集中しすぎ集団指導体制に反するとの反対意見も強かった。
では、国家安全委員会はどのように組成されるのか。『解放軍報』は、三中全会の「決定」を解説する記事の中で、領土・海洋権益といった伝統的安全保障領域だけでなく、民族独立を目指したテロ、金融危機など非伝統的安全保障の問題をハイレベルで調整できる組織がなかったことに対応するものだとしている。一方、『人民日報』の解説は、アドホックな性格をもった従来の小組の限界に焦点を当て、安全委員会をもったことで核心的な機関として日常業務が遂行する中国版NSCとして創出される期待をしたものになっている。
中国版NSCが、国内の少数民族の「反乱」、格差問題への不満からくるテロへの問題を扱うことは間違いない。だが、日本国内では、中国版NSCが、アメリカのようなNSCになるのか、それともロシアのKGBのような組織になるのかという議論があったが、こうした問題設定は当たらない。なぜならアメリカのNSCもまた9.11に対応して創設した国土安全保障会議のスタッフを吸収しているからである。
これまで中国版NSCの創設に対する最大の反対理由は、国家の機関として創設したとすれば、人民解放軍も国家の軍隊になり、党が指導するという共産党独裁の体制を覆すことになるということにあった。人民解放軍の自由度の問題だけではなく、党が指導するという原則、共産党独裁の基盤が突き崩されるとの恐怖からだ。このため、三中全会の「決定」では党が指導する委員会をうたい、委員会の主席、副主席には党序列の1~3位が就いた。
国家安全委員会が重量級の委員会となった反面が、あまりにも広範な問題を安全保障政策の中に盛り込むものとなりそうなことである。この意味で、中国版NSCがアメリカのNSCのような機動性をもつものになるのかどうかは、国家安全委員会に対し、軍事委委員会がどのような情報を、どのようなスピードで上げ、他との調整に応じるかにかかっている。戦前の日本では、総理大臣、外務大臣、陸・海軍大臣、大蔵大臣の五相会議がいわば安全保障会議にあたったといえようが、軍は情報を上げず、邦人の保護が必要といった原則論だけをのべ、事実上、軍独裁へと歩を進めた。
ただし中国版NSCの特色は、広範なカバーとともに、党序列の高位者を招き入れることで決定への迅速性を担保しようとしていることだろう。大統領制のアメリカでも、NSCの決定すなわちアメリカの意思決定である。日本版NSCの場合、政策調整での迅速性は確保できた点では一歩前進だが、なお閣議決定を経なければ正式決定にならない(憲法66条3項)という検討課題を残している。

本家、NSCと比べてみると

 ノックスの委員会方式の議論にもかかわらず、アメリカでスタッフをもつ委員会方式のNSCが設立されたのは戦後の1947年のことだ。以来、70年近くNSCは紆余曲折を経ながらもアメリカの安全保障政策に策定、執行で重要な役割を果たしてきた。
 現在の法体系と運用の枠組みができたのは、1980年代末のブッシュ(シニア)の時代だとされるが、その後も政権によってかなり柔軟に運用されている。NSCの法定メンバーは、議長となる大統領、副大統領、国務長官、国防長官、エネルギー庁長官だが、オバマ政権では、国家安全保障担当の大統領補佐官、財務長官、司法長官、大統領首席補佐官、統合参謀本部議長、国連大使が法定のアドバイザーとして出席する。ただ、国家安全保障会議の準備を情報・事務の面から補佐するスタッフを統括する国家安全保障担当の大統領補佐官が重要な役割を果たすことではどの政権でも一貫している。
その点で、日本版NSCは、情報の吸収、分析、決定への流れを整理しやすいように、防衛・外交の課題に絞ってスタートさせたことに特徴があるといえるのかも知れない。したがって、通貨を戦略手段だと考える思考を日本が見習うべき時は先のことになるかも知れない。
 大統領が議長として出席する国家安全保障会議の下には、長官級の委員会、副長官級の委員会、さらには課題ごとに設けられた省庁間政策委員会が置かれ、ボトムアップ方式で政策立案、決定が担われており、平時ではほとんどが下位レベルの委員会で事態が処理され、重要事項、緊急事項のみが正式の国家安全保障会議にかけられることになる。日本でも四大臣会議の負担を減らし、マンネリ化を防ぐため、現在アドホックな形である次官・審議官級からなる事態対処専門委員会とドッキングさせる形で委員会方式の取り込みも考えられたようだが、成案にはならなかったとされる。
 NSCでは、そのスタッフの多さ、別組織としてCIA(米中央情報局)という強力な情報収集力をもつ機関をもつことも一つの特徴だろう。ボトムアップ方式の委員会の設置とも表裏一体をなすものだが、前述のように国土安全保障会議のスタッフの約100名を吸収したこともあり320名のスタッフはイギリスの220名を大きく上回る。だが、逆に言えば、機動的であるためには、大国アメリカにして200名前後で会議を切り盛りしてきたとも言える。NSCのスタッフの半数が政治任命で少数精鋭を支えるとされるが、平衡感覚をもった常任スタッフの貢献とのミックスが重要だともされる。つまり、緊急時の情報は確認が取れないものも少なくないが、いわゆる軍事情報、CIA情報だけでなく、普段からの情報蓄積、平衡感覚が重要だというのである。
 9.11事件では、強力な情報収集力をもつCIAが国防省、FBI(米連邦捜査局)などとの機関連携ができなかったことが、同時テロを未然に防げなかった原因だとされる。ブッシュ(ジュニア)が国土安全保障会議を設けたのも、その対応の一つであり、いくつもある情報機関の人事・予算を一元管理する国家情報長官を設けたのもそれに当たる。だが、その分散化がリビア領事館事件にもつながったのではないかとの見方もあり、ブッシュ(シニア)の時代に一応の形と運用方法が固まったとされるNSCも、それをめぐる情報フローのあり方でも、試行錯誤だといってよいだろう。
 日本版NSCはスタッフ67名でスタートしており、1次的な情報の収集については既存の情報コミュニティを活用し、その情報を分析し政策立案して行くとの情報の流れに構成されている。その既存の情報コミュニティには、アメリカを初めとする諸外国の機関も含まれ、それらとの情報のやり取りを活発化するためには秘密保護の規定が急がれたとはいえ、立法の過程ではその準備不足が目立った。

日本版NSCに残された課題

日本版NSCに残された課題も多い。話題にもなった秘密保護法の外にも、歴史問題、
戦時と平時のグレーゾーン、同盟見捨て去り等への対応などがある。
中国との間には、「戦略的互恵関係」の構築を謳っている。「互恵」をうたう以上、安倍首相の靖国参拝も、まずは、お互いが主張なり、立場の棚卸しをして臨もうという意味でなら、それ理解をできよう。だが、靖国神社には、いわゆるA級戦犯が合祀されており、日中国交正常化の際に中国が国内向けに説明した「日本の侵略戦争は一部の軍国主義者によるもので一般国民はむしろ被害者だった」との説明が揺らぎかねないのだ。A級戦犯の復活は、いわば連合国体制に弓を引くことになり、靖国の遊就館の戦争観もまた、日米同盟を結ぶ国にふさわしくないものだ。
これらに対し十分な説明ができなければ、マイナスがのこる。現に中国はA級戦犯が合祀されている靖国神社への参拝を日本の軍国主義の復活として世界へ向かってキャンペーンを張っている。「戦略文書」は、「わが国は戦後一貫して平和国家としての道を歩んできた」として戦前と戦後を分けて考え、戦前をお詫びの対象としている。「歴史問題」が国内的にも「清算」できていないということであろう。

・グレーゾーンに対する指針
情報の吸収、分析、決定への流れを整理しやすいように、防衛・外交の課題に絞ってスタートさせておきながら、喫緊の課題ともいえる防衛と平時との間に横たわる、いわゆるグレーゾーンに対する指針が示されていないことだ。
中国海軍の「接近阻止能力」の向上ぶりは、2013年5月に発表された米国防省の中国に関する安全保障軍事報告でも取り上げられ、自国の近海でのアメリカ空海軍の東アジアでの展開を阻止する能力を向上させていることへの強い懸念が示されている。すなわち、前年のレポートでは、海軍力の能力向上に加え、空軍の近代化を取り上げ、東アジアの六つの主要米軍基地のうち、五つに対してミサイルにおる攻撃能力を持ち、横田、三沢、嘉手納の三つの在日米軍もそうした攻撃対象になっていることを指摘していた。
確かに、近代兵器の配備によって、米軍の自由行動を阻止し、軍艦、潜水艦などが自由に太平洋へ出られるようにしようという中国の意図と能力の向上は明確である。習主席を大いに満足させたという「遼寧」の南シナ海への航行でも、その途中には、「遼寧」を監視していたアメリカ海軍のイージス艦が、艦船を異常接近させた中国海軍によって、その接近を阻止された「事件」も起こっている。監視をやめよとの警告だ。防空識別圏の設定も、日本に領土問題があると示威すると同時に、米軍の偵察を少しでも遠ざけようとの意図があったと見てよいだろう。
そこで日米は、改めて尖閣諸島が日米安全保障条約の範囲内であることを表明し、日米の参謀総長間で離島防衛のための演習をすることで中国海軍が関与できないよう抑止することとした。防空識別圏の設定にも、米国防省は、事前協議なしに行われ手続き上問題があるとして従来の飛行訓練を変えないとしている。アメリカはまた、中国の「接近阻止能力」の向上にかんがみ、海外基地網の再編に踏み切り、オーストラリアのパースに海兵隊を展開することを決め、潜水艦追跡技術も供与している。
アメリカは、防空識別圏の問題では、認めず、受入れもしないとしているが、領土問題では、尖閣でも、南シナ海でも、距離をおいた姿勢に終始している。このため、ASEAN諸国にも、アメリカに対する失望強い。尖閣に関しても、アメリカは日米安保の範囲内であると言明している一方、単なる「岩」の領有問題で米中戦争へと巻き込まれるのはごめんだとの意識もある。尖閣や防空識別圏の問題は日中間で解決すべきとのオバマ大統領の発言もそうした流れとも解釈できる。
ところが、中国は、「独自の主張に基づく」措置としての国内法によって領海としたところには平時を意味する「海警」を配置するようになった。こうした状況から、前防衛大臣の森本敏は、領土にかぎらず一国の主権に関わる摩擦が多くなり、強い国家のもとで、主権を守ろうとする警察、国境警備隊など軍以外の主体と軍が小競り合いをするような紛争といえないような紛争が冷戦後のアジアを特徴づける紛争や戦争の形態ではないかとの見方を示す。これが、平時でも有事でもないグレーゾーンの一例に外ならない。
防空識別圏の重なり、平時でも有事でもないグレーゾーン等に関しては、日中間で直ちに解決ができないとしても、「戦略文書」にいう「不測の事態発生の回避・防止のための枠組み構築を推進する」ことにより、十分に意思疎通をはかり、不意の衝突が起こらないよう備え無くてはならない。
だが、起こってしまった場合にどうするか。コンティンジェンシー・プランも必要ではないか。つまり、ローキイの摩擦に対して日本は法令を毅然とした態度で実施していくとしても、アメリカ軍が出ていかなければならない紛争以下で、先に見た森本のいう紛争にならない紛争以上のものまでを自衛隊が対応し得る体制を想定する必要もあるのではないか。つまり、小島奪回作戦で日米協力を強力に進めているのも一方で抑止力を見せるためでもあるが、日本自身が海兵隊機能を強化し、単独でも尖閣対応ができる体制を見据えているとも解釈できる。日本の戦後は人的犠牲を忌避してきたが、最小限の犠牲を覚悟した上で、日本は中国と向き合わなくてはならないという解釈にもつながる。法的不備を補うとともに領土・領海防衛の対応についての啓発がなくてはならない。

・同盟国、アメリカとの摺り合わせ
アメリカでの安全保障問題での司令塔、ライス補佐官は、中国との間に新大国関係の構築をうたう。つまり、中国に責任ある大国を期待する態度は消えていない。オバマ政権の対中政策について、第一次政権でNSCのアジア問題担当部長を務めたジェフリー・ベーダーは、中国との信頼関係を構築し、維持することだ、それを宥和政策であるとか、中国に便宜をはかっているという具合にとらないことだという。だが、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官には千鳥ヶ淵戦没者墓苑へ揃って参拝させ、安倍首相が靖国への参拝をした際には「失望した」とのコメントを出し、先の「歴史問題」が国内的にも「清算」できていないということとも重なるが、アメリカもまた「歴史問題」が国内問題であるとの判断をしていないのだ。
だが、アジア回帰をうたいながら、APECの首脳会議も欠席している。こうしたオバマ政権の態度が、習近平のいう「ハワイまでを」という中国版「モンロー主義」に手を貸すことはないのか。
東アジアの安全保障のワイルドカードとなり得るのが台湾だ。台湾で対中国政策を担当する大陸委員会の王郁琦主任委員が訪中し、中国でのカウンターパートナーである台湾事務弁公室の張志軍との間で、1949年に国共が分裂して以来初めてとなる中台間で閣僚級の公式会談をした。会談場所には、国民党政府のあった南京が選らばれた。
確かに中国の台頭が著しい中で、信頼醸成をはかる対話が必要であり、不測の事態が生じないよう危機管理のためのチャネルづくりも必要だろう。ことに会談が中国自身の政治的、戦略的な文化を良い方向に変えれば、それはアジア全体にいい影響を与えるものと思われる。だが、馬英九政権は、スキャンダルでレームダック状態になっている、香港では自由選挙が中国の干渉で危機になっている、そうした時になぜ初めての台中閣僚級公式会談なのか。
中国の側では「中華人民の偉大なる復活」に向けて「統一」への一歩が記されたと謳うことができる。一方、台湾側には擬似外交関係が樹立されたので、擬似独立への一歩ができたと評価できよう。だが、台湾企業の投資がいわば虜になるほどに進展した一方、中国では軍備拡張されながら米国の台湾への武器売却は進まず、大陸対台湾の軍事バランスは悪化の一途をたどっている。台中の対話は、台湾が動揺し恐怖心を抱いていることが背景ではないかとの観察もできる。もしアメリカが文字通り曖昧戦略に終始し、台湾へのコミットメントをしないというのであれば、中国に安堵を求めるヘッジ戦略だったかも知れないのだ。同じ価値観をもつ日本としても、台湾が求めるTPPへの加盟を支援するなど、手を差し伸べるべきだろう。
同じ、中国恐怖心でも韓国の場合には、北朝鮮の問題もある。このところ、中国と北朝鮮の関係は、党外交立て直しのために、金正日とのパイプをつないできた王家瑞外交連絡部長に代えて張志軍の起用を検討せざるを得なかったほど、変調の兆しがあった。果たせるかな、金正恩新政権は、北の核実験に中国が示した反発に反抗するかのように、経済政策を取り仕切ってきた義理の叔父、張成沢国防会議副委員長を解任し、処刑した。北朝鮮北部の羅先など中朝間の共同事業、中朝貿易で「売国行為」があったとして、中朝協力の枠組みを事実上破棄した。韓国は、張成沢の処刑が石炭利権を巡るコップの中の嵐だったと説明しているが、中国が文革後にとった改革開放路線をとる以外に北の経済の立て直しはないと張を通じて行わせてきたが、それでは金王朝は生き残れないと判断したのだ。
恐怖政治で生き残りを図ろうという金正恩は、さらなる孤立化という瀬戸際外交を始めることになろう。これは、ほとんど自爆に近い最後の賭けとでもいうべきものだ。国民を飢える状況に置きながら、核保有で生き残りを図る政権は国家の体裁をもっていない。しかも北の核保有は、韓国にとっては、1992年に北との間で非核化宣言をし、米軍の核装備が撤去されている中で裏切りに遭ったわけである。
そこで韓国のオプションとして独自核武装による自主防衛の強化が考えられるが、米中がこぞって反対することはまちがいない。すると、米韓同盟の枠内にとどまりながら、ミサイル防衛などでの通常軍備の拡充によって対応するという選択せざるを得ないことになる。だが、韓国はアメリカの本気度を疑っている。アメリカのアジア回帰宣言にもかかわらず、北朝鮮の核よりもイランの核だという認識である。
韓国内には、北に対しては突然の崩壊が行った場合の負担への懸念が強い一方、同じ同胞として見捨てる訳にはいかないとの感情がそれ以上に強い。張成沢の処刑後にも、北からは離散家族の再開など南北関係是正へのメッセージもある。北への抵抗が全くない386世代にかぎらず、多くの韓国人の心の奥底には「同族の北の人々が我々を核攻撃するなんてありえない」という心情がある一方、核を持つ北を吸収することで中国が半島の非核化を条件に統一を認める可能性も瀬踏みしているのだ。
北東アジアでは冷戦構造が残る一方、冷戦後の風は日韓中の関係を大きく変えてきており、韓中の経済関係は、台中関係同様に、緊密度をあげている。韓国が対中接近を加速させているのは、安全保障では米国に頼り、しかし経済では中国市場に頼るという、股裂き状態が解消できるからだとの理由づけもあろうが、究極のところ、南北朝鮮統一の鍵を中国が握っていると韓国が考えているからでもある。韓国はすでに、李明博は大統領として統一後の朝鮮半島問題を中国首脳と話し合ったことがあると言明している。朴恵槿大統領も同じように、統一への鍵は中国が握っていると考え、中国への傾斜を高めてきた。事大主義であろうが、恐怖が親近感を生むストックホルム症候群が出ていると見ることも可能だろう。靖国参拝はもちろん、アベノミクスの影響でこれまでのウォン安が消え、経済が順調さを欠くようになったことも日本へのいらだちを募らせるも要因となっている。
だが中国が、韓国のそれに抵触する形で、防空識別圏を設定したことは、領土問題、歴史問題などでは同盟が機能すると考えていた韓国の期待を裏切るものだった。防空識別圏設定後に訪韓したハイデン副大統領は韓国に中国依存の危うさを警告したが、韓国も改めて米韓同盟を再評価し、日本との関係修復を模索せざるを得なくなっている。
台韓の行動は、一種の同盟見捨てられの懸念に根ざしたものだといえる。その意味で、日本は、日米同盟がアジアにおける公共財として機能するよう日本の側から日米同盟を強化しなければならない。同盟強化のために、まずは日本版NSCの事実上の責任者となった谷内正太郎国家安全保障局長が、スーザン・ライス大統領国家安全保障問題担当補佐官が靖国の説明を初めとして当たることになろう。アメリカ側も、それを受け入れている。
さて、将来は、現行のメモランダム的な「戦略文書」を、たとえば雁行形態の東アジアの発展をとりあげ、発展のなかで言論の自由、民主主義など普遍的価値を享受できるようになって歴史をうたいあげるなかで「戦略文書」が書けるような首相補佐官が現れ、その任に当たれるようになるべきだろう。日本版NSCが曲がりなりにもスタートし実績が積み重ねられる中で人材が鍛えられる一方、変革期に入ったアジアを研究する人の中からも人材が輩出されることが期待されよう。

・「同盟」見捨てられの危機への対応
日米同盟が求心力をもち、柔軟であるためには、オープンで、強靭性が必要だ。オープンであるためには、海賊対策、大災害対策などでは、中国とも協力をすすめるべきだ。
中国がシーレーン防衛の任務を人民解放軍に与えたのは2004年のことだ。その後、中国はインド洋にも真珠の首飾りと呼ばれる海軍の基地を築き、南シナ海での強引な展開でシーレーンの確保へ着実に歩を進め始めている。そしてシーレーンの脆弱性を補っているのがパイプライン網の建設だ。中央アジアへのパイプラインは、ユーラシア大陸のエネルギー源の分散を意味し、ミャンマーへのパイプラインはマラッカ海峡を迂回し得るルートとの位置づけになる。ホルムズ海峡の海賊対策ではアメリカ軍との協調もおこなったりしているが、マラッカ海峡などでも協力範囲を広げることも考えられる。
一方、海外への関心を低下させているアメリカ国民への論理として、日本は、アメリカとの間に「互恵」関係になるよう、集団自衛権が行使できる体制を整える必要があろう。


posted by 高橋琢磨 at 16:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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