2014年01月19日

2014年2月号  「1.5稼ぎモデル」への転換を - 高橋琢磨

要旨:少子高齢化の中で、女性の社会進出が求められる。そのためには、専業主婦を優先する税制、年金制度等、古い自民党の「家族像」を変える必要がある。共稼ぎがスムーズにできる、オランダ型「1.5稼ぎモデル」が目指されるべきだ。

キーワード:森少子化担当大臣、専業主婦優先の税制、アメリカ型ダブルインカムの破綻、アベノミクス、「主夫、はじめました」


日本の人口は、2013年に24万4000人減と、総人口の0.2%の減少を見た。少子高齢化によって今後もこの程度の自然減は続くとみられる。これは、50万人の人口流出に歯止めをかける必要からベルリンの壁を築いた旧東ドイツ、年率0.5%を超える人口流出に、「これでは国が潰れる」と果敢な規制撤廃に踏み切り経済成長を考えたニュージーランドの危機以上のものであろう。つまり、これら後者が急性の人口減という危機であったのに対し、合計特殊出生率は1.41程度に落ちている日本の場合は慢性の危機だということになる。
筆者はアベノミクスには、この慢性の危機への対応という性格が強いものだと考える。つまり、急性の危機対応に劣らぬ強烈な成長政策がなくてはならないという視点である。ベルリンの壁構築のように「東ドイツ経済の奇跡」をもたらすような飛びっ切り手段は考えられないとしても、ニュージーランド等の経験は十分役に立つというものだ。
だが、この慢性の危機への対応には、別の視点も求められる。「斉家治国」という言葉がある。孔子は家の中が斉って、国も治るといったのだが、現状はファミリー(家)を形成することすら困難になっているのではないか。これに応える政策が必要ではないか。なぜなら、ファミリーが生まれ、その家が斉って、初めて「国が潰れる」という恐怖からまぬがれる可能性が出てくるからだ。
昔は「一つ口は食えなくとも、二つ口は食える」という言葉があった。「結婚すれば何とかなるさ」と、先輩たちが自信をもって言ったわけだ。社会学者の計測でも社会福祉の負担でファミリー構成がある場合の方がコストが低くなるというのだから、おそらく事後的には現在も真実なのだろう。だが、現実には未婚率(40~45歳)は65年の3.7%から10年には22.6%にまで上昇している。
なぜ結婚しないのか、できないのか。友人、仲間から「あなたはこうしたタイプと」と規定されて、そうした「規範」にこだわるからという分析もあるようだ。だが、多様になり得るはずの夫婦の形に、なおいわゆる「昭和婚」という古い規範も押し付けられ、若者が戸惑っているのではないだろうか。
森雅子少子化担当大臣が特定秘密法案も担当するのもいいだろうが、少子化をもたらしている恐れの強い、古い自民党の「夫婦のモデル」を見直すのが、本来業務ではなかろうか。
先進国に一般的な核家族の再生産モデルを想定すれば、夫婦のうち誰かが稼ぎ、妻が出産し、何らかの形で育児をするという基本は世界共通になる。生物学的に考えれば、かつての柳沢伯夫大臣の「失言」にあるように、出産はいやおうなく妻の役割になるからだ。
したがって、誰が稼ぎ、どのような育児をするかで、おおよそ三つのパタンが生まれることになる。すなわち、配偶者のうち一方が稼ぎにでる、片稼ぎ(「1.0稼ぎモデル」)は夫婦のうち一方だけが働きに出るケースであるが、両方が働く(「2.0稼ぎモデル」)、その中間(「1.5稼ぎモデル」)の三つだ。
「1.5稼ぎモデル」とは、夫婦のうち片方が週30時間以上を働き、配偶者は週30時間未満を働くことを指し、「2.0稼ぎモデル」とはともに週30時間以上働くというものになる。「1.0稼ぎモデル」では、稼ぎは一方に依存する形態だ。
1990年代からのおよそ20年で経済パフォーマンスのよかったアメリカとオランダのふたつのモデル対比してみると、アメリカがダブルインカム(「2.0稼ぎモデル」)と高い託児所・保育所コスト(家政婦)という組み合わせに対して、オランダは「1.5稼ぎモデル」とある程度は家庭での保育をいう組み合わせを提示している。そして、働き方の類型としては、アメリカの市場原理に対して、オランダでは社会的合意という対比がなされよう。
これらに対し、日本では夫が仕事、妻は家事という「昭和婚」バイヤスをもつ「日本型1.0稼ぎモデル」ということになる。日本では「1.0稼ぎモデル」が制度上も優遇され、財務省は配偶者控除など所得税で、厚生労働省は年金で専業主婦を優遇してきた。しかし、今や(2010年現在)単独世帯が32.4%と、標準世帯とされる「夫婦と子供」という世帯27.9%を上回るようになってきている。「夫婦と子供2人」という標準世帯が公式統計に現れたのが1969年、「夫婦と子供」世帯の割合がピークをつけたのは1975年の42.5%で、以来低下を続けている。
2人以上世帯の世帯主の勤労所得は1997年をピークに低下を続けている。世代による賃金プロファイルを見ても、明らかに若年層のものは前の世代に劣る(図表1)。言い換えれば、日本の若者が抱えている問題は、①非正規の仕事しかえられないか、②競争を乗り越えて正規の仕事を得ても、きわめて長時間の勤務を要求され、ワーク・ライフ・バランスが著しく崩れた生活をおくらざるを得ない状況にあることだ(玄田、2005)。「日本の1.0稼ぎモデル」は、最早機能していないのだ。
アべノミクスででは、成長戦略の一つとして、女性の活用を唱え、女性就業率を2020年に73%に上げる目標を掲げている。「隗より始めよ」で政府自身も、村木厚労次官、坂東文部審議官といった次官級へ女性を登用して、デモンストレートしている。
ところで、現状は日本の女性の就業パタンをみると、結婚を契機に家庭に入る、「日本型1.0稼ぎモデル」であったためM字型になっていた。これが現在では女性の社会参画が進みMの真ん中のクボミが低くなり、らくだのこぶに似たハンプドカーブになっている。男女共同参画の立場からは前進なのであろう。だが、それは30歳台の独身女性の増加によって起こっているのである。2007年12月に政・労・使の合意により「ワーク・ライフ・バランス憲章」と、その具体的な推進のための「行動指針」が策定されたが、それが反故になっている。そのために現実は、非婚を促進する社会になっているという側面が強かった。

     図表1 低下する2人以上世帯の世帯主の勤労所得

(出所)樋口美雄「今求められる日本の雇用戦略」(原データは総務省家計調査)

そこで、少なからぬ企業では、企業も結婚した女性が出産によって女性従業員の負担を減らし、仕事の負担を減らす代わりにキャリアからはずす、いわゆる「マミートラック」を用意した。しかし、キャリアから外されたことに失望したり、復帰がむつかしいと考えたりして、この育児への時間配分方式は多くのケースで機能しないことが分かってきた。女性活用するには、企業の側でも「2.0稼ぎモデル」への転換が必要と感じ始めたことになる。
そこへ、アベノミクスでは女性の活用がうたわれた。ジャスト・タイミングのように思われよう。折しも「2.0稼ぎモデル」での先輩であるアメリカでは、ピュー・リサーチの調査結果によれば、夫婦と18歳未満の子供から成る家庭の内、妻が稼ぎがしらである家計(2011年、8万ドル)が、逆の場合(7.8万ドル)、同程度(7万ドル)より多いことが分かった。学歴社会であるアメリカでは、女性の方が学歴が高くなった(つまり、大卒のみならず弁護士、医者、博士)ことを素直に反映したものとされている。日本もそれに向かっていよいよ進むことになるとの「良いモデル」が示されたと見られなくもない。
ところが、今日本が目指そうという「2.0稼ぎモデル」については、「働く世代1000人調査」によれば、女性の社会進出がすすむと、7割の人がさらなる少子化が進むと考えているとの結果が出た。
一方、アメリカの「2.0稼ぎモデル」については、もしヒラリー・クリントンが大統領選に出ない場合には、代りに出るのではといわれるエリザベス・ウォーレン上院議員は、最早破綻しているという。
同議員は、ハーバード大学の教授時代に、次のような議論を展開していた。家族をもつ男性の実質の所得は70年代初頭からほとんど上昇がない。それを補っているのが、80年代以降増え始めた共働きの世帯であり、二人の収入を合わせてかろうじて所得の上昇を達成してきた(図表2の左)。

       図表2 アメリカの普通の家庭で失われた自由度

(出所) Elizabeth Warren、 Coming Collapse of Middle Class(2009)

では、実際の生活は大いに改善されたのだろうか。実は、衣も、外食をふくめた食費も減ってきており、家具や電化製品などの消費も減っている。では、何が増えているのかといえば、住居費、つまり住宅取得にともなうモーゲッジの支払いであり、医療健康保険の支払であり、子供の養育費であり、いずれも30年前に比べ100%増になっている(図表2の右)。ことに子供を二人持った家庭では、住宅費、子供養育費はさらにかさみ、子供を三人持つと従来の生活維持は難しくなっている。
共働きになれば、当然のように自動車の台数は増え、子供を保育園にあずけたり、ベビーシッター、家政婦を雇ったりする費用もかさむ。くわえて、医療保険の上昇で、現在普通の家庭が入れるような保険ではかつてのような医療、保健サービスが受けられない状況にある。そして、貯蓄ゼロの家計にあって、生活のレベルを維持するために利用するのがモーゲッジであり、ホームイクイティ・ローンであり、クレディットカードである。
ウォーレン議員によれば、アメリカの共働きの中産階級の家庭の生活は、まったく「糊しろ」を失った状況、つまり、リスク・イクスポージャーが大きくなりすぎている状態にある。夫だけが働いている状況であれば、夫がかりに失業したり病気になったとしても、妻が働きに出るというオプションが残されていた。現在は、誰が病気になったとしても、たとえば子供であっても、それは直ちに家計の収入減を意味し、住宅資金の返済に困るような事情を産み出しかねない状況にある。つまり、中産階級のほとんどが「信用の崖」の上にいるというのだ。ことに医療保険料率の高騰によって、何かことがあったときに中産階級から転げ落ちる可能性は非常に高くなっていると主張する。
政府がロールモデルを担ってもらいたいとした村木厚労次官、坂東文部審議官などの先輩であるK・Y女史は、官僚の後は政治家をつとめ、日中関係の打開をはかるため外務大臣時代の相手方であった楊潔箎国務委員と会談をするなど活躍しておられる。だが、若い時に「2.0稼ぎモデル」を成り立たせるためには、母親等、大家族の助けを借りられたようだ。外資系の「2.0稼ぎモデル」で活躍されている方は家政婦の助けを借りておられるようだ。
もともと家政婦などの職業化が進んでいたというか、階級社会であったアメリカではコストを払えば家政婦を雇い入れることができた。だが、人種問題等でもアファーマティブ・アクションがとられるようになり平等化が進む一方、若いカップルの収入も減ったためアメリカでの「2.0稼ぎモデル」が破綻か、破綻寸前になっているのである。日本でも、一部の家庭では東南アジア等から呼び入れて家政婦を活用するという動きもあるようで、違法性をなくすため移民政策と合わせ、これを検討するということも考えられる。だが、現実問題として、多くのカップルでは負担能力がない、平等化が進んだ日本では適切ではない可能性が高い等々、否定要因が強いのではなかろうか。
「働く世代1000人調査」では、共働き夫婦に対して、女性の活躍推進と子育てを両立させるのに最も必要なものを尋ねたところ「夫の理解と協力」が男女とも最も多かった。厚労省が外部委託した調査でも、二人目の子を持つために最も必要なことは、「夫の理解と協力」と答えたものが「収入が必要」と答えたものの3倍だった。俳優の西島秀俊演じるところのライオンのCM「主夫、はじめました」が、男女の区別なく家事を分担する家族を象徴しようとしているのではないか。その意味では、ロールモデルを担ってもらいたいと政府が示すべきは、財務省からMIGA長官に出向しておられるI・N女史ではないだろうか。
アベノミクスで女性活用がうたわれたのは、女性の社会進出がこのままの状況ならば、ある試算によれば、2020年のGDPは12年に比べて5.9%もの低下要因となるからだ。そのためには企業も女性が働きやすいように残業がないような働き方ができるようにする、家事支援のビジネス化を進める等々、改善を重ねていくというアプローチもあるだろう。
だが、こうしたアプローチは家庭の会社化ではないかと、三砂ちづる津田大学教授はいう。人間が生きものであるかぎり、生物としての縛りをかけ、結婚によって安定した性関係を担保するということを活かすべきで、対でいる良さを探せばいいと言うのだ(三砂、2013)。今の世に「一つ口は食えなくとも、二つ口は食える」「望めば子供をもてる」というモデルを示し、そこに向かって社会実験をしていくという方法もあり得るのではないか。つまり、宇野重規『民主主義のつくり方』にならうやり方だ(宇野、2013)。
現在のアベノミクスのままではアメリカ型の「2.0稼ぎモデル」になり、現在のアメリカが逢着している問題にぶつかってしまうのを避け、アンケート調査の中で現れた願望に沿う形で永続性のあるモデル提示であるとすれば、それは古い自民党の「1.0稼ぎモデル」を廃し、オランダ型の「1.5稼ぎモデル」ということになろう。アメリカの「2.0稼ぎモデル」は限界に来ていることに一言付け加えれば、筋金入りの民主党員であるエリザベス・ウォーレン議員も共和党バリの大家族像や「1.5稼ぎモデル」家族像を奨励するような状況にあるのだ。
民主党内閣では、家族像を明確にしない中で、「子供手当て」を恒久的な施策に位置づけようとしたようにも見えた。手当が恒久化されれば、それは非婚、離婚を前提とした社会をめざすのかという誤解や混乱を生みかねないものだった。
確かにオランダはエマニュエル・トッドのいう絶対核家族であり、日本の場合は直系家族の伝統があり、家族タイプが違う。だがトッドは、言語学者のローラン・サガールの協力で、ユーラシア大陸の中心に外婚制および内婚制の父系共同体家族があり、その外側のドイツや日本に直系家族があり、その外側のイングランド、フランス、東南アジアに核家族が存在することを示した。これは、父系共同体家族が最も新しく、次に直系家族が新しく、核家族が最も古い残存形態であることを表している(トッド、2008)。長い歴史が今急速に逆転しており「1.5稼ぎ」モデルは、上記でみたように、日本の現状にも近いのではないだろうか。
ただし、「1.5稼ぎモデル」が成立するには、夫婦が別々に所得申告して低い税率で課税になること、そして「ファミリーフレンドリー・エンプロイメント」が前提(社会的合意)になる。オランダの場合、1990年代初めに①時短が限界に近づいた、②ワッセナー合意によって賃金の抑制が行われ家計の側から共働きの必要性が出てきた、③育児・介護など家族への責任と働きの間のバランスが問題にされたことが、同一労働同一賃金率の「ニューコース」と呼ばれる派遣の働き方、そしてこうした仕組みを生んだ背景とされる(荻原、2000)。
政府がまずなすべきは、メインの働き手が食べていけるだけの仕事につけることのはずである。そして、新しい産業の創出とともに、多くが指摘するように、非正規社員の正規社員化がその一つのルートであることは間違いない。
東京大学の玄田有史教授がいうように、現在起こりつつある長く継続雇用されている非正規社員は派遣先からも評価され、正規社員に登用される可能性が高く、現実に年間40万人くらいが非正規から正規社員に移行しているという実態を踏まえ、正規社員登用の機会を増やす施策を考えるのが理にかなっていることになる。
だが、別の考え方ができないか。非正規労働者をどんどん増やしていけば、どこかの時点で正規労働者を上回る可能性が出てくる。労働組合が二つでき、企業によっては、過半数を握る組合が非正規労働者ということも考えられる。労働基準法では、会社が就業規則をつくるときは、働き手が過半を超える労組の意見を聞くことを要求している。簡単なシミュレーション、ないし頭の体操の示すところは、非正規の労働組合の言い分が通る時代がくるということになろう。
正規、非正規の社員がいがみ合い、角突き合わせて仕事をするよりも、時間を先取りして一部社員の賃下げとともに全契約社員の正社員化を果たすべきではないか。
そこで玄田教授は解雇ルールを透明化することで企業に非正規社員を雇うインセンティブを与えることを提唱する。さもなくば非正規の職にもつけず、したがって経験をつむこともできない状況におくことから救うこともできないからである(玄田、2010)。玄田教授は、2~5年の経験を積んだ非正規社員を、流通業界で以前からあった準社員と区別して、准社員とよび、この准社員のプールをつくっていくことが、当面の雇用制度の目指すことが現実的ではないかと見る。
それは、非現実的だという見方もあろう。だが、本当に日本でオランダ型を目指し、それを成就する手段はまったくないのだろうか。
筆者が注目するのは、高コストで悩む全国の自治体である。町おこしなどで成功している自治体の大幅な報酬カットによって町がめざめたという報告である。そして、アベノミクスが、国限らず地方でも、財政の再建問題を先送りにしているという現状である。十分な税源を持たず国の交付税に依存する地方債が積み上がる構図はデフォルトを経験したアルゼンチンの状況に似てくる。これは自治体の破綻が国の破綻を呼ぶというコースを作るようなものだといえよう。
この自治体の高コスト問題を解決し、かつオランダ型のワークシェアリングを適用する手段として考えてはどうか。総コストの制約のもとで、オランダ型ワークシェアを自治体に適用すれば、報酬が高くなりすぎている地方公務員が是正され、現在大量に雇われているパートタイム労働者パートを「ニューコース」の派遣にすることによって、地方公務員の報酬が高すぎるという問題点を解決する一方、社会の中に「1.5稼ぎ」のオランダ・モデルを導入する入り口にすることが可能になろう。また、お役所として民間企業よりは文書化、つまり形式知が利用されており、短時間正規雇用ということになじみやすいことも利点である。
島根県の隠岐島、海士町で町長自らの給料を大幅に減らし、更に議員や役場職員の給料も減らすなど、島の生き残りを目指し、「小さな島の挑戦~最後尾から最先端へ~」と大奮闘し、海士町を活性化させた山内道雄町長による上からの改革の例を見てみよう(山内、2007)。
海士町は、1950年ごろには人口、7000人をかぞえたが、今や 2500人を切り、高齢化率は39%という典型的な過疎の町である。生まれてくる子どもも十数人足らずで、若い人が少なく地域の力が衰退していた。山内町長が当選したのは、113億円の 公共事業等の借金があった2000年のことである。就任して、まずそれを整理した。町村合併の話は、集落をまわって、ひざをつきあわせて話し合い、 合併のメリットがないだろうと感じた。そこで合併はしなかった。県からは、突然、交付税をカットされるなど、かなりたたかれた。
そこで3つの島からなる海士町は、それぞれ小さな島が完結型で、自分たちの島を自分たちで守るしかない、海士町の生き残りをかけた、自立するための協議をしようと海士町自立のためのプランを作った。その中には、「守り」と「攻め」という二つの要素を盛り込んでいる。「守り」としては、財政改革である。「攻 め」の手始めとして打ち出したのが、町長報酬の大幅カットである。山内町長はまず住民に自分の姿勢を見せたかったためだという。すると、ある日の夜、財政務長から「僕たちも賃金カットしてくれ」と電話がかかってきた。住民に自分たちの姿勢を見 せたいというのだ。その翌日には、総務課長がやってきて、「僕たちの分もカットしてくれ」といってきた。議会も賃金カットをした。9月になると、組合の方から自分たち もカットしてくれという。ゲートボール協会も補助をいらないと言ってきた。委員会でも会議日当を半額にしてくれという声が出た。老人クラブのバス代も75 歳以上は半額だったが、全額払うと申し出てきた。
山内町長は、賃金カットは最悪の手法と思ったが、まずはそこからと手をつけた。だが、今となってはそこから手をつけてよかったと思っていると語る。賃金の大幅なカットが職員のやる気、住民のやる気を引き出し、町の活性化をもたらしたからである。つまり、町長は、役場内の組織改革、適材適所の人事に始まり、身を削る改革によって町民と危機感を共有することに成功した。2005年度には町の財政は収支がトントン、06年度はプラス予算が組めるようになった。その一般財源のプラス分を使って、例えば、「子どもを生む人、3人目には50万、4人目には100万円プレゼントします」「保育園の3人目は無料」といった少子化対策や、Iターンの旅費の一部を補助することなどの施策が打てるようになった(山内、2007)。
攻めの戦略としての産業おこしでは、海士町を一つのデパートに見立てて、島をまるごとのブランド化を図った。キーワードは、「海」、「潮風」、「塩」で、「海」の第1弾は「さざえカレー」だった。商品に開発し、年に4万食ほど売れている。第2弾は岩ガキで、「隠岐海士の岩ガキ春香」と名前をつけて、他のものより一個当たり150円ほど高く売れている。始めたのはIターンの地元の漁師である。
こうしたことから海士町は、全国から多くの人が移住する町に成長し、しかも引越してくる人のほとんどが働き盛りの若い世代で、財政も好転した。この海士町の話は、先述の宇野でも取り上げられており、日本の地方・地域が置かれている限界事例だという。筆者の冒頭の比喩で言えば「急性」だが、他の自治体では「慢性」で抱えている問題に解決策のモデルを提示したことになろう。というのは、改革、新制度を採用する場合、ある程度のブロックを対象にしなければ制度補完性からいって意味がないが、ある程度の規模をもっているのが自治体での雇用だからである。これを一種の社会実験として他の分野にも適用出来る機会をさぐれば、地方公務員の報酬が高すぎるという問題点を解決する一方、社会の中に「1.5稼ぎ」のオランダ・モデルを導入する入り口にすることが可能になろう。

他の自治体でも、「賃金カットは最悪の手法と思ったが、まずはそこからと手をつけた。だが、今となってはそこから手をつけてよかったと思う」事業が筆者のいう「1.5稼ぎモデル」導入のモデルに外ならない。


posted by 高橋琢磨 at 09:47| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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